史上初!国内トレーニングセール出身馬のGIV
即戦力という”付加価値”
  
  1997年は受胎の年だった。
  1998年は誕生の年だった。
  1999年は成長の年だった。
  ”旅”がはじまって、もう4年を迎えようとしている。
  千年に一度の除夜の鐘が元旦を知らせると同時に、優駿たちの”キーワード”も牧場から競馬場
 へと舞台を移すことになる。
  2000年はデビューの年だ。

  馬の世界には受胎が確認されても流産してしまうケースが少なくないし、生まれてきても病気や
 ケガのアクシデントで競走馬になれないこともある。思えば、明け3歳馬の世代も生産者の手の中
 で大事に守られながら、すでに優勝劣敗の生存競争を勝ち抜いてきた。
  それは競馬場を目指すにつれてさらに厳しいものとなる。サラブレッドにとって、クラシックに間に
 合うことが目標のひとつだが、初勝利を挙げてこそ、立身出世のスタート地点に立つこともできる。
 だから、3歳でデビューを果たし、1勝を積み重ねるチャンスを数多く得ることも必要不可欠なのだ。
  「3歳のトレーニングセールに出す馬たちは、せめて購入してから3ヶ月で競馬に使えるように鍛
 錬しているつもりです」
  99年の阪神3歳牝馬Sを優勝したヤマカツスズランの生産者・岡崎明弘さんは、3歳競馬をめが
 けて生産馬たちを育ててきた。まさにヤマカツスズランは、3歳トレーニングセール出身馬として初
 のGI馬に輝いた賜物だ。5月18日に浦河のBTC(JRAの育成牧場)で行われた「ひだかトレーニ
 ングセール」で購入されてから、3ヶ月足らずの8月15日に初出走を果たし、暮れには3歳女王の
 勲章を勝ち取ったのだ。
  「トレーニングセールの一番の長所は、追い切りで時計を出すまでに仕上げた段階で、馬を選べ
 ることです。そういう意味で、オーナーにとっては、短期間で競馬に使える魅力があるから購入にも
 つながる。そのニーズに応えるためにも、育成する人間としては、競馬をすぐに使えるだけの丈夫
 な体力をじっくりつけていくことが大事だと思うよね」。即戦力という”付加価値”を実現するためには、
 早く仕上げる以上に、タフにレースを走り抜く基礎体力を養わなければならない。
  ヤマカツスズランを生産、育成した浦河の岡崎牧場では、2歳の7月からブレーキングを実践。通
 常は、夏の間に成長を促してから行うため、馴致の暦がはじまるのは早くても9月といえる。「ヤマ
 カツスズラン世代が、7月にブレーキングをした一期生です」というように、同期のグロウリボンもファ
 ンタジーSで2着に善戦し、結果を出してきた。
  グロウリボンの半弟・グリーンアークの10(父アイネスフウジン)などの生産馬をはじめ、育成馬を
 合わせて合計21頭が現在、鍛錬に鍛錬を重ねている最中だ。現場で馬を磨く塚田忠博場長は
 7月
育成のメニューを語る。
  「早い時期からブレーキングを行う以上は、馬を納得させて、ムリをさせないように、じっくりやって
 いきます。鞍付け、ロンジング(円馬場で回す)、ドライビング、乗り運動開始・・・・それぞれに1週間
 ほどかけて、1人前に乗れるまでには1ヶ月近くかかるかな」
  ブレーキングの行程は、一般的に1〜2週間ほどだとすると、1頭に莫大な時間と手間をかけてい
 る。今まで放牧地で自由に草を食べ、好きな時に駆け回っていた若駒にしてみたら、背中に”なぜ
 か”人を乗せ、時には厳しく叱咤されながらも、騎乗をマスターしていかなければならない、7月の早
 い時期は精神的にもまだまだ子馬に近い。だからこそ、「とにかくじっくり」教えてやらなければとス
 タッフも苦心を重ねているのだ。
  さらに2歳の夏は、サラブレッドにとって急成長の季節だ。丈夫で強い馬を3歳から走らせるため、
 一歩前進して調教を行うと同時に、馬体を大きくしていくことも重要だ。「外でダクを踏めるようになっ
 てからは、馬をしばらく休ませて、ストレスを除きます。でも、馬は一度、覚えたことは忘れないから
 ね。8、9月から人を乗せて、4〜5キロぐらい山を歩いたりするんですが、みんなすんなり受け入れ
 ています」
  時には牧場から道路を横断して、浦河の山へ出掛けてみたり、見慣れた放牧地でも人を乗せて
 歩く。青い空と新鮮な山の空気を謳歌して、1個連隊になった人馬は遠足気分を楽しむ。心身ともに
 負担をかけない強制運動で体を鍛えて、骨や筋肉の発育を促している。
  「馬もリラックスした雰囲気の中で、いろんな場所を経験するから大人にもなりますね。2歳は骨格
 が固まっていく時期だから、鍛錬していく中で骨もしっかりしていくし、筋肉のつき方も違ってくるよう
 な気がします。成長するにつれての姿だけど、うちの馬は全体の見た目よりも体重や胸囲がありま
 すね」
  ”骨は筋肉をカバーするもの”。成長段階で強靱な屋台骨をつくることが丈夫な筋肉をも宿す。ヤ
 マ
カツスズランを例にとっても、500キロ近い馬体重を感じさせないのは中身がギュッと詰まっている
 証かもしれない。
  鍛錬してついていけない馬は競馬場でも走れない。シビアな視点を軸に、それでもリタイアする馬
 が出ないように、熟成調教でタフな内臓、筋肉、そして度胸を養っている。ちなみに冬でも、運動後
 はきちんと馬体の汗を洗い流した分、放牧地では風邪をひかせないように馬服を着せている。行き
 届いた管理の中には、馬体を洗う、触れられるという馴致にもつながっているように思える。
  「7月から本格的な育成をはじめた馬は、11月から浦河のBTCに馬運車で通っているんですが、
 早い時期からブレーキングを行ったせいか、輸送にもすぐに慣れてスッと車に乗りますね。今までは
 尻を軽く叩いたり、なだめたりで車に促していたのがね(笑)。とにかく基礎体力をきちんとつけること
 で、馬の仕上げにも、丈夫な馬づくりにもつながればいいですね。」
  BTCへ日帰りで通っているグロウリボンの半弟も悠々と馬運車を乗り降りしている。浦河産馬の
 前線基地ともいえる日本屈指の調教施設を備えたBTCでの育成を通して、3歳競馬を目指す丈
 夫
な馬づくりはさらに加速していく。
  
                                          
(大塚 美奈)

■週刊Gallop 2000年1月6・9日合併号より転載■